大川周明『日本二千六百年史』


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 ヘカイトス、ヘロドツス、ツキヂデスの三人は、西洋史の鼻祖と呼ばるる古代希瞼の三大歴史家である。此等の歴史家は、約半世紀づつ隔てて世に出でたが、それぞれ歴史に就て下の如く言つたと伝えられる。先づ西紀前五百年代に出でたるヘカイトスは、歴史を以て過去の知識を現在に伝へるものとした。次で西紀前四百五十年代のヘロドツスは、歴史とは過去によつて現在を説明するものとした。最後に世紀前四百年代のツキヂデスは、歴史は過去・現在より推して未来を察知すべきものとした。即ちヘカイトスは歴史の重点を過去に置き、ヘロドツスは之を現在に置き、ツキヂデスは之を未来に置いたのである。三者の主張には、敦れも一応の道理がある。而も其の総てを綜合することによつて、歴史の全面目が初めて完全に発揮されるであらう。
 言ふまでもなく歴史は人類発展の径路を究めんとするものである。然るに人類発展の径路は、人類に内在する生命の発現なるが故に、一貫して綿々不断である。吾々は唯だ便宜のために過去・未来を区劃する。而も現在は過去より生れて刻々過去となり、未来は現在に孕まれて刻々現在となる。真個に実在するものは、滾々と不尽なる生命の流行だけである。それ故に吾々は、恒に永遠の現在に生きて居る。而して此の「現在」は其衷に無限の過去を宿し、無窮の未来を孕む現在なるが故に、歴史もまた過去・現在・未来に関するもの、一層詳細に言へば、過去によつて現在を説明し、現在によつて未来を察知するものとせねばならぬ。
 是く考へ来りて直ちに想起されるのは、水戸の彰考館である。彰考館は徳川光團によつて創立せられし水戸藩の修史局にして、大日本史が此処で編纂せられしことは天下周知の事実である。此の修史局を彰考館と名づけたのは、恐らく晋の杜預の『春秋左伝集解』序に、「彰㆑往考㆑来」とあるに拠れるものである。而して「彰㆑往考㆑来」とは、易の繋辞伝に「彰㆑往察㆑来」と謂ひ、また論語に「温㆑故而知㆑新」と謂へると、全く同一思想であり、過去を彰《あきら》かにして将来を察知するといふ意味である。歴史は正しく彰考である。従つて彰考館は、修史局の名称として、適切無比と言はねばならぬ。従つてまた彰考館の命名者は、古代希職の三大歴史家よりも、「層精確に歴史の本質を把握せるものと言はねばならぬ。
 さて日本歴史は、目本の国民的生命の発現である。此の生命は、肇国このかた一貫不断の発展を続け、日本国民に周流充実して今日に及んで居る。故に日本に生れし一切の国民は、皆な此の生命を自己の衷に宿している。吾等の生命の奥深く探り入れば其処に澄刺として躍動する生命がある。此の現実の生命を、時間秩序に従つて認識せるものが取りも直さず歴史である。かくて歴史とは、自我の内容を、時間秩序に従つて組織せる体系に外ならぬが故に、日本歴史を学ぶことは、日本人の真個の面目を知ることである。陸象山は、六経を以て自己の註脚に外ならぬとした。歴史もまた同然である。即ち六経は理論によつて自己を註脚せるもの、歴史は事実によつて自己を註脚せるもの、経史相侯つて初めて吾等の完全なる註脚たるべきものである。
 いま日本は正しく興亡の岐路に立つて居る。此の非常の難局に善処し、君国を富嶽の安きに置き、進んで壮厳なる理想の実現を期するためには、必ずや日本歴史を学んで、日本及び日本人の真実の姿を見究めねばならぬ。胡三省が司馬温公の資治通鑑を評せる文章の中に曰く、「古人の得たる所以を迹《たづ》ね、古人の失へる所以を鑑みるを知らずば則ち勝を求めて而も敗れ、利を図りて而も害あり。此れ必然なる者なり」と。吾等は必ず歴史によつて日本的生命を支配する法則を掴まねばならぬ。而して此の法則に従つて行動せねばならぬ。果して然らば国史を反省するの必要が今日の如く切実なるはない。旧著に若干の訂正を加へたる此の小冊が、斯かる意味に於て些かにても非常時に貢献し得るならば、予の最も欣快とする所である。
  昭和十四年六月


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