ポール・リシャル編 大川周明訳『永遠の智慧』の序

人生の安楽は私を離るるより大なるはなし


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人生の安楽は私を離るるより大なるはなし

 ルソー、ショーペンハワー、ニーチェ、トルストイ、予は其著を好んで読めども、著者其人を厭ふ。ルソーに至りては、寧ろ如何にして斯くの如き劣悪なる品性と超凡なる思想とが、一箇の人間裡に並存し得べきかを疑はしむ。後の三者は固より同日に論ずべからざるも、その徹底して主我的なるに於て一如なり。彼等の個我は等しく異常に強烈なり。その言論は燃ゆる火炎なり。その哲学は論理に非ず、その文学は技巧に非ず、共に生命そのものなり。これ人を動がす所以たり。而も彼等自身は、その強烈なる個我を以てして煩悩常に熾烈、恰も火宅に住する人の如くにして其の生を終えたり。若しくは得道、若しくは解脱といふが如き境地は、まさに彼等と白雲万里を隔てたり。
 それ人生の安楽は、私を離るるより大なるはなし。私を離るるは個我を超ずるなり。トルストイの如きは、その強烈なる個我を超克せんとして遂に敢れて悲壮なる最期を見たるものか。その生涯は苦悩の一生なり。その我は之を超克すべく余まりに強大なればなり。その生活を譬ふれば、上半身は天上界に、下半身は畜生界に住めるものといふべし。予はルソー以下の「神聖なる獣類」よりも、むしろ「平凡なる人間」を愛す。

大川周明
(昭和十一年八月十七日記)



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