大川周明『安楽の門』


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 『安楽の門』とは宗教のことである。この小著は私の宗教的生活の回顧であり、その執筆の由来は下の通りである。
 一昨年の夏、友人島一郎君が『世界春秋』といふ月刊雑誌を創め、私にも寄稿を求めて来た。私は友人としての義理を果たすために島君の求めに応じた。そして偶々宗教問題にっいて深い関心を抱いて居た時だつたので、物こころついてからの私の宗教的経験を回想しながら、出来るだけ具体的に私の宗教観を表白しようと思ひ立ち、十回前後に亘つて毎月連載するつもりで、まつ全体の序言にも当る三回分を一気に書き上げた。そして初めの二回分だけは雑誌に発表されたが、戦後に籏出した諸雑誌の例に洩れず、島君の『世界春秋』も半年ならずして廃刊となつたので、自然私もまた筆を勉つことになつた。
 然るに私が裁判から釈放されて帰村して以来、私の顔さへ見れば個人雑誌を出せの、何か本を書けのと強請し続けて止まなかつた福永重勝君が、今度は『安楽の門』の続稿を際限なく催促し初めた。私は幾たびか之を断はつたが、ついに福永君の根気に打負かされ、どうせ書き出したことであれば、とにかく纒めて見ることにしようといふ気になつた。そして気の向くに任せて稿を続け、想ひ起すまま、念頭に浮び来るまま、長い踵躍の跡を辿つて、思ふがままに道草を食ひながら、十二章まで書いて一応の段落をつけた。かやうにして此の小著は、友人への義理から書き初め友人の義理懇惰にほだされて書き終へたので、回顧録とも随想録ともつかぬ閑文字である。
  昭和二十六年六月


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