ポール・リシャル編 大川周明訳『永遠の智慧』の序


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 本書はフランスの哲人ボール・リシャル氏が、古賢先聖の言を集めて之に一貫の脈絡を与へ、一言一句も増減せずして自ら一個の文章たらしめたるものなり。其の原本には多数西欧の名箸あり、印度波斯の古典あり、大小乗の仏典あり、孔孟老荘乃至淮南子あり、人をして其の読書の博洽なるに驚嘆せしむ。
 初めリシャル氏の普く古今東西の名著を渉猟するや、会心の章句に逢着すれば即ち之を片紙に抜捗せるもの、積んで殆ど万に垂んとせり。大正五年氏の日本に遊ぶや、此の貴重なる一束の紙片を携行し、大正九年に至る日本滞留四箇年の静寂なる思索的生活の間に、筐底より之を出だして徐ろに整頓に従ひ、日本を去る数月以前に其業を卒へたり。氏は先づ自ら大綱を樹てて雑然たる紙片を分類し、更に各門を数項乃至十数項に小分し、各項に従つて紙片を一括し幾度か淘汰を加へたる後、残存せる紙片を統整して首尾一貫せる文章たらしめたり。故に『永遠の智慧』は決して世上の謂はゆる格言集の類に非ず。輯むるところは悉く古賢先聖の言なりと雖も、実は之を藉り来りてリシャル氏自身の信仰と哲学とを組識せるものなり。而して氏の傍には明敏無比の穎才を温良謙譲の衣裳に韜めるミラ夫人あり、成るに従つて之を荘厳なる英訳に附し、印度に送りて雑誌アーリヤに連載せり。アーリヤは専らリシャル氏夫妻及びアラビダンダ・ゴーシュの思想を発表せる月刊哲学雑誌なり。
 予はリシャル氏の許諾の下に、若干の省略と更改を加へて之を邦訳に附し、アーリヤ誌上の英訳と殆ど並行して之を道会機関雑誌『道』に連載したり、唯だ夫れリシャル氏取材の範囲は古今東西に亘り、殊に定訳ある仏教経典、新旧約聖書、乃至支那古典の章句を随処に見るが故に、訳文全体に統一ある格調を保たしむるに至大の困難を感じたり。例へば涅槃経の一節[#底本の「一説」を訂正]に次ぐにセネカの言を以てし、次にソクラテス、次に孔子、次にケムビスの『基督教のまねび』の章句来るが如し。是くの如き揚合に、語調の変化によつて思想の自然なる推移を阻碍せざらんがため、並に全篇を通じて文体を一如ならしめんがため、実に少なからざる苦心を払へりと雖も、予の浅学にして不文なる、労徒らに多くして功の之に伴はざりしを憾む。いま之を輯めて一巻とするに当り、全篇を通読して転た此感を深くし、随処添削を加へたりと雖、固より未だ意に満つる能はざるは、偏に慙愧に堪えざるところなり。
 日本精神の一たび強調せられてより国民の心頓に傲り、彼を排し此を斥けて独善高慢、博く知識を世界に求めて、道を深く古今に採るの謙虚精進を喪ひ去らんとす。何等の痴態ぞや。いま皇国は四海に宣言して東亜建設の聖戦に従へり。勅宣儼として万国に響く。聖旨煥乎として顕現するに非ずば、栄辱の及ぶところ、夫れいづくそ。浮萍の花は永春を期し難く、泡沫の真珠は万代を飾り難し。国歩の前途最も嶮難なり。人皆な衷情を洗濯して誠意の泉を清くし、血汗の凛漓を厭はずして義勇の胆を強くするに非ずば、如何ぞ能く之を踏破せん。リシャル氏の著書は、吾等の頭を冷かにし、吾等の腸を温たむ。願くは之を色読して一期の大安心に決着し、長程を旅して心飢え気疲れざる糧とせん。

昭和十七年六月
大川周明


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