大鏡

藤原師尹 -2


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皇后宮(くわうごうぐう)にもかくとも申(まう)し給(たま)はず、ただ御心のままに、殿(との)に御消息(せうそこ)聞えむと思(おぼ)し召(め)すに、むつましうさるべき人も物(もの)し給(たま)はねば、中宮(ちゆうぐうの)権大夫(ごんのだいぶ)殿(ちゆうぐうごんのだいぶどの)の御座(おは)します四条の坊門(ばうもん)と西洞院(にしのとうゐん)とは宮近きぞかし、そればかりを、こと人よりはとや思(おぼ)し召(め)しよりけむ、蔵人(くらうど)なにがしを御使にて、「あからさまに参(まゐ)らせ給(たま)へ」とあるを、思(おぼ)しもかけぬことなれば、おどろき給(たま)ひて、「なにしに召(め)すぞ」と問(と)ひ給(たま)へば、「申(まう)させ給(たま)ふべきことの候(さぶら)ふにこそ」と申(まう)すを、この聞ゆることどもにや、と思(おぼ)せど、退(の)かせ給(たま)ふことは、さりともよにあらじ、御匣殿(みくしげどの)の御ことならむ、と思(おぼ)す。いかにもわが心ひとつには、思(おも)ふべきことならねば、「おどろきながら参(まゐ)り候(さぶら)ふべきを、大臣(おとど)に案内(あない)申(まう)してなむ候(さぶら)ふべき」と申(まう)し給(たま)ひて、まづ、殿(との)に参(まゐ)り給(たま)へり。「東宮(とうぐう)より、しかじかなむ仰(おほ)せられたる」と申(まう)し給(たま)へば、殿もおどろき給(たま)ひて、「何事ならむ」と仰(おほ)せられながら、大夫殿(だいぶどの)と同じやうにぞ思(おぼ)しよらせ給(たま)ひける。誠(まこと)に御匣殿(みくしげどの)の御こと宣(のたま)はせむを、いなびまうさむも便(びん)なし。参(まゐ)り給(たま)ひなば、また、さやうにあやしくてはあらせ奉(たてまつ)るべきならず。また、さては世の人の申(まう)すなるやうに、東宮(とうぐう)退(の)かせ給(たま)はむの御思(おも)ひあるべきならずかし、とは思(おぼ)せど、「しかわざと召(め)さむには、いかでか参(まゐ)らではあらむ。いかにも、宣(のたま)はせむことを聞(き)くべきなり」と申(まう)させ給(たま)へば、参(まゐ)らせ給(たま)ふほど、日も暮れぬ。
 陣(ぢん)に左大臣(さだいじん)殿(どの)の御車(みくるま)や、御前(ごぜん)どものあるを、なまむつかしと思(おぼ)し召(め)せど、帰らせ給(たま)ふべきならねば、殿上(てんじやう)に上(のぼ)らせ給(たま)ひて、「参(まゐ)りたるよし啓(けい)せよ」と、蔵人(くらうど)に宣(のたま)はすれば、「おほい殿の、御前(おまへ)に候(さぶら)はせ給(たま)へば、ただいまはえなむ申(まう)し候(さぶら)はぬ」と聞えさするほど、見まはさせ給(たま)ふに、庭の草もいと深く、殿上の有様(ありさま)も、東宮(とうぐう)の御座(おは)しますとは見えず、あさましうかたじけなげなり。おほい殿出(い)で給(たま)ひて、かくと啓すれば、朝餉(あさがれひ)の方に出(い)でさせ給(たま)ひて、召(め)しあれば、参(まゐ)り給(たま)へり。「いと近く、こち」と仰(おほ)せられて、「物(もの)せらるることもなきに、案内(あない)するもはばかり多かれど、大臣(おとど)に聞ゆべきことのあるを、伝へ物(もの)すべき人のなきに、間近(まぢか)きほどなれば、たよりにもと思(おも)ひて消息(せうそこ)し聞えつる。その旨(むね)は、かくて侍(はべ)るこそは本意(ほい)あることと思(おも)ひ、故(こ)院のしおかせ給(たま)へることをたがへ奉(たてまつ)らむも、かたがたにはばかり思(おも)はぬにあらねど、かくてあるなむ、思(おも)ひつづくるに、罪深くもおぼゆる。内(うち)の御ゆく末はいと遥かに物(もの)せさせ給(たま)ふ。いつともなくて、はかなき世に命も知(し)りがたし。この有様(ありさま)退きて、心に任(まか)せて行ひもし、物詣(ものまうで)をもし、やすらかにてなむあらまほしきを、むげに前東宮(さきのとうぐう)にてあらむは、見ぐるしかるべくなむ。院号(ゐんがう)給(たま)ひて、年(とし)に受領(ずりやう)などありてあらまほしきを、いかなるべきことにかと、伝へ聞えられよ」と仰(おほ)せられければ、かしこまりてまかでさせ給(たま)ひぬ。
 その夜はふけにければ、つとめてぞ、殿(との)に参(まゐ)らせ給(たま)へるに、内へ参(まゐ)らせ給(たま)はむとて、御装束(さうぞく)のほどなれば、え申(まう)させ給(たま)はず。おほかたには御供(とも)に参(まゐ)るべき人々、さらぬも、出(い)でさせ給(たま)はむに見参(げざん)せむと、多く参(まゐ)り集りて、さわがしげなれば、御車(みくるま)に奉(たてまつ)りに御座(おは)しまさむに申(まう)さむとて、そのほど、寝殿(しんでん)の隅(すみ)の間(ま)の格子(かうし)によりかかりてゐさせ給(たま)へるを、源民部卿(げんみんぶきやう)寄り御座(おは)して、「などかくては御座(おは)します」と聞えさせ給(たま)へば、殿には隠しきこゆべきことにもあらねば、「しかじかのことのあるを、人々も候(さぶら)へば、え申(まう)さぬなり」と宣(のたま)はするに、御けしきうち変りて、この殿もおどろき給(たま)ふ。「いみじくかしこきことにこそあなれ。ただとく聞(き)かせ奉(たてまつ)り給(たま)へ。内に参(まゐ)らせ給(たま)ひなば、いとど人がちにて、え申(まう)させ給(たま)はじ」とあれば、げにと思(おぼ)して、御座(おは)します方に参(まゐ)り給(たま)へれば、さならむと御心得(こころえ)させ給(たま)ひて、隅の間に出(い)でさせ給(たま)ひて、「春宮(とうぐう)に参(まゐ)りたりつるか」と問(と)はせ給(たま)へば、よべの御消息(せうそこ)くはしく申(まう)させ給(たま)ふに、さらなりや、おろかに思(おぼ)し召(め)さむやは。おしておろし奉(たてまつ)らむこと、はばかり思(おぼ)し召(め)しつるに、かかることの出(い)で来(き)ぬる御よろこびなほつきせず。まづいみじかりける大宮(おほみや)の御宿世(すくせ)かな、と思(おぼ)し召(め)す。
 民部卿殿に申(まう)しあはせさせ給(たま)へば、「ただとくとくせさせ給(たま)ふべきなり。なにか吉日(よきひ)をも問(と)はせ給(たま)ふ。少しも延びば、思(おぼ)しかへして、さらでありなむとあらむをば、いかがはせさせ給(たま)はむ」と申(まう)させ給(たま)へば、さることと思(おぼ)して、御暦(こよみ)御覧(ごらん)ずるに、今日あしき日にもあらざりけり。やがて関白(くわんばく)殿も参(まゐ)り給(たま)へるほどにて、「とくとく」と、そそのかしまうさせ給(たま)ふに、「まづいかにも大宮に申(まう)してこそは」とて、内(うち)に御座(おは)しますほどなれば、参(まゐ)らせ給(たま)ひて、「かくなむ」と聞(き)かせ奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、まして女の御心はいかが思(おぼ)し召(め)されけむ。それよりぞ、東宮(とうぐう)に参(まゐ)らせ給(たま)ひて。
 御子(みこ)どもの殿(との)ばら、また例(れい)も御供(とも)に参(まゐ)り給(たま)ふ上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)引き具(ぐ)せさせ給(たま)へれば、いとこちたく、ひびきことにて御座(おは)しますを、待ちつけ給(たま)へる宮の御心地(ここち)は、さりとも、少しすずろはしく思(おぼ)し召(め)されけむかし。
 心も知(し)らぬ人は、つゆ参(まゐ)りよる人だになきに、昨日(きのふ)、二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)殿(どの)の参(まゐ)り給(たま)へりしだにあやしと思(おも)ふに、また今日、かくおびただしく、賀茂詣(かもまうで)などのやうに、御先(みさき)の音もおどろおどろしうひびきて参(まゐ)らせ給(たま)へるを、いかなることぞとあきるるに、少しよろしきほどのものは、「御匣殿(みくしげどの)の御こと申(ま)させ給(たま)ふなめり」と思(おも)ふは、さも似つかはしや。むげに思(おも)ひやりなき際(きは)のものは、またわが心にかかるままに、「内のいかに御座(おは)しますぞ」などまで、心さわぎしあへりけるこそ、あさましうゆゆしけれ。母宮(ははみや)だにえ知(し)らせ給(たま)はざりけり。かくこの御方に物(もの)さわがしきを、いかなることぞとあやしう思(おぼ)して、案内(あない)しまうさせ給(たま)へど、例(れい)の女房(にようばう)の参(まゐ)る道を、かためさせ給(たま)ひてけり。
殿(との)には、年頃(としごろ)思(おぼ)し召(め)しつることなどこまかに聞えむと、心強く思(おぼ)し召(め)しつれど、誠(まこと)になりぬる折は、いかになりぬることぞと、さすがに御心さわがせ給(たま)ひぬ。向(むか)ひきこえさせ給(たま)ひては、かたがたに臆(おく)せられ給(たま)ひにけるにや。ただ昨日のおなじさまに、なかなか言少(ことずく)なに仰(おほ)せらるる。御返りは、「さりとも、いかにかくは思(おぼ)し召(め)しよりぬるぞ」などやうに申(まう)させ給(たま)ひけむかしな。御けしきの心ぐるしさを、かつは見奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、少しおし拭(のご)はせ給(たま)ひて、「さらば、今日、吉日(よきひ)なり」とて、院(ゐん)になし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。やがてことども始めさせ給(たま)ひぬ。よろづのこと定め行はせ給(たま)ふ。判官代(はうぐわんだい)には、宮司(みやづかさ)ども・蔵人(くらうど)などかはるべきにあらず。別当(べたう)には中宮(ちゆうぐうの)権大夫(ごんのだいぶ)をなし奉(たてまつ)り給(たま)へれば、おりて拝(はい)しまうさせ給(たま)ふ。ことども定まりはてぬれば、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。
 いとあはれに侍(はべ)りけることは、殿のまだ候(さぶら)はせ給(たま)ひける時、母宮(ははみや)の御方より、いづかたの道より尋ね参(まゐ)りたるにか、あらはに御覧(ごらん)ずるも知(し)らぬけしきにて、いとあやしげなる姿したる女房(にようばう)の、わななくわななく、「いかにかくはせさせ給(たま)へるぞ」と、声もかはりて申(まう)しつるなむ、「あはれにも、またをかしうも」とこそ仰(おほ)せられけれ。勅使(ちよくし)こそ誰(たれ)ともたしかにも聞(き)き侍(はべ)らね。禄(ろく)など、にはかにて、いかにせられけむ」といへば、
,世継*}「殿こそはせさせ給(たま)ひけめ。さばかりのことになりて、逗留(とうりう)せさせ給(たま)はむやは」
{*《侍》「火焚屋(ひたきや)・陣屋(ぢんや)などとりやられけるほどにこそ、え堪(た)へずしのび音(ね)泣く人々侍(はべ)りけれ。まして皇后宮(くわうごうぐう)・堀河(ほりかは)の女御殿(にようごどの)など、さばかり心深(こころぶか)く御座(おは)します御心どもに、いかばかり思(おぼ)し召(め)しけむとおぼえ侍(はべ)りし。世の中の人、「女御殿、
  雲居(くもゐ)まで立ちのぼるべき煙(けぶり)かと見えし思(おも)ひのほかにもあるかな W といふ歌よみ給(たま)へり」など申(まう)すこそ、さらによもとおぼゆれ。いとさばかりのことに、和歌のすぢ思(おぼ)しよらじかしな。御心のうちには、おのづから後にも、おぼえさせ給(たま)ふやうもありけめど、人の聞(き)き伝ふるばかりは、いかがありけむ」といへば、翁、
,世継*}「げにそれはさることに侍(はべ)れど、昔もいみじきことの折、かかることいと多くこそ聞え侍(はべ)りしか」
とてささめくは、いかなることにか。
{*《侍》「さて、かくせめおろし奉(たてまつ)り給(たま)ひては、また御婿にとり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふほど、もてかしづき奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ御有様(ありさま)、誠(まこと)に御心もなぐさませ給(たま)ふばかりこそ聞え侍(はべ)りしか。おもの参(まゐ)らする折は、台盤所に御座(おは)しまして、御台や盤などまで手づから拭はせ給(たま)ふ。なにをも召(め)し試みつつなむ参(まゐ)らせ給(たま)ひける。御障子口までもて御座(おは)しまして、女房に給(たま)はせ、殿上に出すほどにも立ちそひて、よかるべきやうにをしへなど、これこそは御本意よと、あはれにぞ。「このきはに、故(こ)式部卿(しきぶきやう)の宮の御ことありけり」といふ、そらごとなり。なにゆゑ、あることにもあらなくに、昔のことどもこそ侍(はべ)れ、御座(おは)します人の御こと申(まう)す、便なきことなりかし」
{*,世継*}「さて、式部卿(しきぶきやう)の宮と申(まう)すは、故(こ)一条院の一の皇子に御座(おは)します。その宮をば、年頃、帥の宮と申(まう)ししを、小一条院、式部卿(しきぶきやう)にて御座(おは)しまししが、東宮(とうぐう)にたち給(たま)ひて、あく所に、帥をば退かせ給(たま)ひて、式部卿(しきぶきやう)とは申(まう)ししぞかし。その後の度の東宮(とうぐう)にもはづれ給(たま)ひて、思(おぼ)し嘆きしほどに失(う)せ給(たま)ひにし後、またこの小一条院の御さしつぎの二の宮敦儀の親王をこそは、式部卿(しきぶきやう)とは申(まう)すめれ。また次の三の宮敦平の親王を、中務の宮と申(まう)す。次の四の宮師明の親王と申(まう)す。幼くより出家して、仁和寺の僧正のかしづきものにて御座(おは)しますめり。この宮たちの御妹の女宮たち二人、一所は、やがて三条院の御時の斎宮にて下らせ給(たま)ひにしを、上らせ給(たま)ひて後、荒三位道雅の君に名だたせ給(たま)ひにければ、三条院も御悩の折、いとあさましきことに思(おぼ)し嘆きて、尼になし給(たま)ひて失(う)せ給(たま)ひにき。いま一所の女宮まだ御座(おは)します。
 小一条の大将の御姫君ぞ、ただいまの皇后宮(くわうごうぐう)と申(まう)しつるよ。
三条院の御時に、后にたて奉(たてまつ)らむと思(おぼ)しける。こちよりては、大納言(だいなごん)の女の、后にたつ例なかりければ、御父大納言(だいなごん)を贈(ぞう)太政大臣(だいじやうだいじん)になしてこそは、后にたてさせ給(たま)ひてしか。されば皇后宮(くわうごうぐう)いとめでたく御座(おは)しますめり。御せうと、一人は侍従の入道(にふだう)、いま一所は大蔵卿通任の君こそは御座(おは)すめれ。
また、伊予の入道(にふだう)もそれぞかし。
いま一所の女君(をんなぎみ)こそは、いとはなはだしく心憂(こころう)き御有様(ありさま)にて御座(おは)すめれ。父大将のとらせ給(たま)へりける処分(そうぶん)の領所(らうしよ)、近江(あふみ)にありけるを、人にとられければ、すべき様(やう)なくて、かばかりになりぬれば、物(もの)のはづかしさも知(し)られずや思(おも)はれけむ、夜(よる)、かちより御堂(みだう)に参(まゐ)りて、うれへ申(まう)し給(たま)ひしはとよ。
 殿の御前(おまへ)は、阿弥陀堂(あみだだう)の仏の御前(おまへ)に念誦(ねんず)して御座(おは)しますに、夜いたくふけにければ、御脇息(けふそく)によりかかりて、少し眠(ねぶ)らせ給(たま)へるに、犬防(いぬふせぎ)のもとに、人のけはひのしければ、あやしと思(おぼ)し召(め)しけるに、女のけはひにて、忍びやかに、「物(もの)申(まう)し候(さぶら)はむ」と申(まう)すを、御僻耳(ひがみみ)かと思(おぼ)し召(め)すに、あまたたびになりぬれば、まことなりけり、と思(おぼ)し召(め)して、いとあやしくはあれど、「誰(た)そ、あれは」と問(と)はせ給(たま)ふに、「しかじかの人の、申(まう)すべきこと候(さぶら)ひて、参(まゐ)りたるなり」と申(まう)しければ、いといとあさましくは思(おぼ)し召(め)せど、あらく仰(おほ)せられけむも、さすがにいとほしくて、「何事(なにごと)ぞ」と問(と)はせ給(たま)ひければ、「知ろしめしたることに候(さぶら)ふらむ」とて、ことの有様(ありさま)こまかに申(まう)し給(たま)ふに、いとあはれに思(おぼ)し召(め)して、「さらなり、みな聞(き)きたることなり。いと不便(ふびん)なることにこそ侍(はべ)るなれ。いま、しかすまじきよし、すみやかにいはせむ。かくいましたること、あるまじきことなり。人してこそいはせ給(たま)はめ。とく帰られね」と仰(おほ)せられければ、「さこそはかへすがへす思(おも)ひ給(たま)へ候(さぶら)ひつれど、申(まう)しつぐべき人のさらに候(さぶら)はねば、さりともあはれとは仰(おほ)せ言(ごと)候(さぶら)ひなむ、と思(おも)ひ給(たま)へて、参(まゐ)り候(さぶら)ひながらも、いみじうつつましう候(さぶら)ひつるに、かく仰(おほ)せらるる、申(まう)しやるかたなくうれしく候(さぶら)ふ」とて、手をすりて泣くけはひに、ゆゆしくも、あはれにも思(おぼ)し召(め)されて、殿(との)も泣かせ給(たま)ひにけり。


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